あなたの知らない?馬主の世界
競馬ライターの水上学です。今回も「水上のニュースレター」をお読みくださりありがとうございます。メルマガ未登録の方は、ぜひ無料での配信登録をお願い致します。
今回のテーマは「馬主」。よく一般的には「ばぬし」と言われますが、競馬界では「うまぬし」と称されます。「うまぬし」と言っている競馬サークル外の人を見かけたら「お、よく知ってるな」と一目置く・・・なんてこともあったりなかったり。
競馬歴の長い方には今更といった内容になるかもしれませんが、改めて馬主の実情について確認していただければと思いますし、一般の方にとってはドラマを見る上での裏知識?になればと思います。
◆馬主の形態と要件
馬主には、大きく分けて3つの種類があります。
まずはドラマで描かれている「個人馬主」。その多くは企業経営者であり、中央競馬の場合、馬主の8割を占めています。
個人馬主となるための審査要件は以下の通り。ちょうど来年1月から基準が上がることになっており、ここでは2026年1月からの新規定を紹介します。
*近2年の所得(年収ではない)が連続して2000万円以上であること。
*かつ、保有資産が1億円以上あること。
この両方を満たさないといけません。所得が2000万ということは、年収に直すと4000万円前後は必要ということになります。
なお2009年からは海外居住者も、一定の要件を満たせば中央競馬の馬主になることが認可されました。シェイク・モハメド殿下が「ゴドルフィン」の名義で走らせているケースが代表的で、ダート王となったレモンポップや短距離GⅠ馬タワーオブロンドン、ファインニードルらが知られています。
2つ目は3人以上10人以内のグループを作り、資金や権利を分割して所有する「組合馬主(共同馬主)」。この場合、組合員の所得に関するハードルが個人よりも低くなります。それ以外にも細かい規定がありますが(省略)、個人馬主の要件をあと少しで満たせない人たちが、仲間同士寄り合うことで馬主活動が可能となります。
3つ目が「法人馬主」。一般には「クラブ馬主」、昔は「一口馬主」と言われていました。個人馬主の資格を満たす代表者が法人となり、会員を広く募って出資させ、馬を購入して運営するものです。もちろん法人に対しては財務調査が行われ、年に1回代表者とJRAとの間で面談があります。
今の中央競馬では、サンデーレーシング(3冠馬オルフェーヴルや今年のダービー馬クロワデュノールなど数々の名馬を所有)やシルクレーシング(アーモンドアイやイクイノックスなど、現役では2冠牝馬エンブロイダリーなどを所有)などのクラブが有名です。
なお、各馬主の現在8割は、JRAの全国10競馬場にある馬主協会のどこかに所属しています。(例・東京馬主協会、中山馬主協会・・・・)それぞれの協会は地元に対し、社会活動、福祉活動も行っています。余談ですが、筆者の父親が入っていた特養老人ホーム(千葉県)には、中山馬主協会の助成金や車いすの寄付などが入っていました。
2025年7月時点で、中央競馬には個人馬主2422名、組合馬主51、法人馬主392が登録されています。バブルがはじけた後は減少一途でしたが、馬主資格のハードルを段階的に下げたことで再び増加に転じ、現在でも前年より微増となっています。これを受けて、前記のように年明けから個人馬主の資格要件を上げることになりました。主に競馬の対社会的な地位保証のためですが、顕在化しつつある労働力不足のために、管理する馬の数を少し減らしたいという思惑もあるのではないか・・・と筆者は推察しています。
◆馬主の収入とメリット
馬主が競馬から得られる収入は、次のようになっています(全て中央競馬)。
1.競走本賞金。1着から5着までに、着順に応じて与えられる賞金です。その10%は調教師、5%が騎手、5%が厩務員に行くので、馬主に入るのは賞金の8割となります。
2.出走奨励金。これは6着から9着までに、着順に応じて与えられるものです。奨励金となっていますが、実質は賞金です。なお重賞では10着までとなっています。
3.出走手当。レースの大小にかかわらず、ひとレース1頭につき40万円がJRAから出ます。
4.事故見舞金。JRAの施設内での調教やレースで故障した馬に対しては治療費の一部に充当でき、落命した馬に対しては弔い金のような意味合いを持つ。金額は程度や内容により異なります。
5.引退謝金。所有馬が登録を抹消した場合に与えられる功労金、謝礼金のような意味合い。金額は一定ではありません。
なおメリットとしては、馬主になったことのない筆者が書くのは滑稽でもありますが、知人の個人馬主から聞いたところでは、所有馬が勝つことは当たり前として「馬名を考える喜びが代えがたい」「自分固有の馬主服がレースで走っているのを見る喜び」も挙げておられました。客観的には当然ながら馬主席や専用駐車場、各施設の馬主エリアを利用できること、勝利したときの口取り写真の中央に収まれること、記念品の授与などがあると思います。
◆馬主の支出
その最大のものは馬の購入代金です。これは庭先取引(ドラマでも描かれていましたが)とセール購入(セリです)に分けられます。庭先取引は馬主(あるいは代理人)と牧場との直接交渉による馬の売買。セールは、毎年7月上旬に行われるセレクトセールが最も有名です。
そして、俗に「飼い葉料」とも言われる預託料があります。これは毎月発生するもので、飼い葉といっても餌代だけではありません。馬主が負担するのは例えば馬の運送代、医療費、蹄鉄作業料金など多岐にわたり、厩務員の給料も預託料から捻出されています。馬主は調教師に預託料を払い、調教師がそれを管理して各方面に支払うことになります。
馬主と調教師の契約により預託料の金額が決められ、厩舎や馬により幅がありますが、中央競馬の場合はだいたい1頭につき平均して毎月60~70万円と言われています。つまりその複数の馬を預けている場合は、その分掛け算となるわけです。
今年7月にJRAが公表した資料として、中央競馬の馬主1頭あたりの回収額は年間平均796万円、対して同支出は840万円。つまり平均的に見て1頭あたり毎年50万円弱の赤字というわけです。よく「馬主は道楽」と言われますが、この数字はそれを裏付けていると言えるでしょう。
◆馬主が抱える問題点
2023年春、中央競馬では開催中止寸前まで拗れた厩務員春闘がありました。厩務員は調教師との間に雇用契約を結んでおり、ストの対象はあくまで調教師会であってJRAではありません。労働条件と給与増額が議題となりましたが、結論が出ないまま調教師会が厩務員の現場業務を兼務することで開催を強行、一部の厩務員もこれに同調したことでスト破りが問題となったことは記憶に新しいところです。
この時に限らず、調教師会と厩務員組合の団交(オブザーバーとしてJRA、馬主代表者)の際、馬主会へ対して預託料の増額がたびたび持ち掛けられています。しかし前記のように、多くの馬主は赤字を承知でやっているわけですし、一部の大馬主以外無い袖は振れない。そこで、馬主側からJRAへ要求されたのは、GⅠなど大レースの賞金増額よりも、出走手当の増額や下級条件(未勝利戦や1勝クラス)の賞金増額などの案だったようです。JRA、馬主、調教師、厩務員などの間で、それぞれの利害が極めて微妙なバランスの上で成り立っているという構図が先の団交で久々に露呈したわけですが、各方面が納得できる状況にはいまだ至っていません。
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ここで、個人馬主としても知られる“大魔神”こと佐々木主浩さんに筆者がインタビューした時の記事を挙げておきます(抜粋)。取材は2011年夏であり、今とは競馬を取り巻く状況が少し違っていますが、それでも大筋は変わっていないと思います。(競馬ウェブサイト「うまスクエア」・大リーグボール22号・2011年7月31日付「大魔神、競馬界に物申す」より)
「今のままだと、個人馬主は消滅する時代になってしまいそうな気がします。冗談ではなく、本当に個人馬主所有馬限定戦なんてやってほしいと思いますよ。というのも、除外が本当に多いじゃないですか。頭数の多いクラブはいいですけど、個人馬主、それも持ち馬が少ない僕らのような立場の馬主は、馬が使えないことが一番響くんですよ。お金が回らなくなるわけですから。その意味で個人馬主を救済するレースというのも、近い将来では必要になって来ると思うんです。」
文中で佐々木さんが指摘されている「除外」は、1つのレースに対しての出走登録が多いために行う抽選除外のこと。この取材から14年を経て、除外対策は進展しだいぶ緩和されてはいますが、それにしてもまだ理想形には遠い。もちろんJRAがクラブを優遇しているわけではないことは誤解を招かないように明記しておきますが、多くの個人馬主にとって不利な状況であることは確かです。
ディープインパクトやクロフネなど幾多の名馬を所有した金子真人氏、世界のダート王に輝いたフォーエバーヤングを所有している藤田晋氏など、数名の大馬主が日本の競馬を牽引している一方で、こうした大オーナーは減少しているのも事実。この夏には、日高の中小牧場から多くの馬を購入し、今年の宝塚記念を勝ったメイショウタバルや、ダービー馬メイショウサムソンなど、多くの名馬を送り出して日高を支えた松本好雄オーナーが他界したことは、今後の馬産(零細牧場にとって)にも間接的に暗い影を落としそうな出来事でした。
また個人馬主は、自分の所有牝馬にこだわってその子供や孫たちを所有することが多いために、そこから成功馬が輩出されれば1つの牝系を10年から数十年にわたり繋ぐことにもなります。1頭の牝系から枝葉が広がり、それは日本競馬の財産となるわけです。
例えば佐々木さんなら、ハルーワスウィートという繁殖牝馬に魅せられて、その馬の子供や孫たちを積極的に購入し、ヴィルシーナ、ヴィブロス、シュヴァルグランなどのGⅠ馬や重賞勝ち馬を出しています。牝馬のヴィブロスやヴィルシーナは繁殖入りしてその血を繋ぎ、シュヴァルグランも種牡馬となっています。
金子氏は、有名なところでは白毛馬のシラユキヒメを所有しその血を保ち続け、娘のブチコを経てユキチャン、ソダシ、ママコチャ、ハヤヤッコらの“白いアイドルホースたち”を送り込んでいます。馬主は競馬の根幹である血の継続を担う一面もあるのです。
労働力不足やエネルギー問題、そして異常気象による飼料不足などにより、馬主の負担は今後上がり続けるおそれがあります。これは地方競馬のデータですが、地方競馬全国協会が馬主に行ったアンケートの中の「今後も所有を継続する意思があるか」という設問に対し、イエスと答えたのは70%だったそう。裏方の労働力不足だけでなく、馬主にもまた寡占状況が行き過ぎて裾野が狭くなるという歓迎できない現状が忍び寄っていることを、最後に改めて指摘したいと思います。それは確実に競馬の縮小につながっていくのです。
※参考資料 JRAホームページ/馬主.COM
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