「延焼するスマホ不正使用問題」

今回は「ニュースレター」の趣旨に基づいて、12月15日・日曜に起きた件について取り上げます。この日の朝、GⅠデーの競馬ファンや競馬マスコミに突然の騎乗変更が発表されました。「岩田康誠騎手は、騎乗停止のため乗り替わりとなります・・・」JRAの公的な報道機関であるグリーンチャンネルは、各レースにおいて、誰が乗り替わるかを淡々と告知するだけでした。
水上学 2024.12.16
誰でも

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なおコメント欄を開放しております。よろしければ、今回の件についてみなさまのご意見をお聞かせくださると幸いです。

         

◆前提として

当ニュースレターは、競馬に詳しくない方もお読みになる可能性があるので、競馬界のルールについてまず簡潔にお知らせします。そこが踏まえられていないと、記事の問題性が伝わらないと思います。

日本では、公営ギャンブルの選手は、レース前日から調整ルームに入り、外部との交流を一切遮断される決まりになっています。さらに通信機器の持ち込みも禁止されています。理由はもちろん、不正行為(いわゆる八百長です)への関与を断つためです。

細かいルールは競技によって異なりますが、JRAの場合は調整ルームに入室する際に、スマホなどのSNSツールを公正室に預けることになっています。

なお以前はレースVTRを閲覧するだけの、通信機能のないスマホであれば持ち込みが許されていましたが、昨年以降、それが守られない事例が若年層の騎手を中心に続出し、外部との通信記録なども確認されるケースも頻出したため、一部の例外を除き全面禁止となりました。

しかしそれでありながら、入室時にダミーのスマホを預けて、別のスマホをこっそりと持ち込む事例が発覚。JRAは一層のルールの厳格化、処分の厳罰化の必要から、11月末に新ルールを発表したばかりでした。

なおJRAが例外として開催期間中に所持を認めているSNS機器は、①騎手自身の所有するスマホについては、開催日中に移動する際の交通系IC、あるいは交通情報取得としてのみ使用した場合。調整ルーム入室時に使用履歴検査を行い、それ以外の使用がないかを確認。②JRAが承認したコンテンツ(音楽や動画娯楽ソフト、あるいはレースの参考VTRのみ)を視聴できるアプリだけが入った、外部通信機能のないタブレット。

となっています。今回の件はこうした状況下で起きたということをまず踏まえておきましょう。

◆事実の経緯

 続いて15日の案件についての経緯をまとめていきます。当日はJRAが断続的に事実公開をしましたが、それらは報道機関がWeb速報で流しただけであり、競馬場内やウインズなどに居たファンには音声や告知映像による公式発表がないままでした。

 15日朝、岩田康誠騎手の騎乗停止が発表される

 即日騎乗停止は滅多になく、過去の事例から重大度が高いと推察された。様々な憶測が飛び交い始める

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 午前10時すぎ、一部競馬マスコミが「土曜の中京開催終了後、日曜の京都開催へ向けての移動中におけるスマホ不正使用のため」と情報を発する。その直後、JRAが同様の内容を発表。ただ詳細は伏せられていた(この時点では確認中だった可能性もあるが)。

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 正午すぎ、JRAから「岩田康誠騎手のスマホ使用はYouTube視聴のため」と発表。なお騎乗停止期間は12月15日から30日間とされた。(中央競馬においては1月18日から騎乗再開できる)

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 さらにその1時間後、JRAから「視聴していたのはミュージックビデオ」と発表。「YouTubeには外部からのコメントができない音楽コンテンツもあるが、視聴していたのは外部からコメントを書き込めるコンテンツであったため、禁止されている外部交信にあたると判断した」「JRAが認めたタブレットではなく、私物のスマホであったことも考慮した」とのこと。

 なお岩田康誠騎手は、JRAの事情聴取に対し「外部との交信さえしなければ大丈夫だと解釈していた」と答え、処分に対しては異議申し立て(する権利があります)をせずに受ける意思を示したとのこと。

◆今回の件における問題点

ここまでが16日時点で出ている事実です。あくまでこれらを基にした、筆者の見解を記します。

まず違反の内容の軽微さにしては処分が重いという感はします。これはJRAが厳格化について11月25日に発表(来年中の調整ルーム内での抜き打ち検査の実施や金属探知機導入、また妨害電波発信設備の検討など)した直後という「間の悪さ」もあるのではと思います。スケープゴートというと言葉は悪いですが、今回の件でJRAの姿勢を強く世間にアピールする必要があったためと思います。

去年からの一連のスマホ問題について、競馬ファンからの非難、世間からの白眼視は強いものがあり、JRAは根幹である公正競馬の確保を第一義に考えるべきということを改めて思い知らされたことでしょう。そうした状況を考えると、理解できるものではあります。

そんな状況下ですから、岩田康誠騎手の脇の甘さも批判されるべきとは思いますが、ただ本人のコメントから窺い知れる限りでは、果たしてJRAの騎手への周知の程度がどうであったのか、の疑問は残ります。岩田騎手は50歳の大ベテランであり、こうしたデジタル機器についての意識をどれだけ細かく持っていたのかの疑問もあります(もちろんそれは年齢だけでなくパーソナリティの問題ではあるのですが)。さらに外部との交信がなかったのですから、処分は免れないにせよ、30日という日数が妥当かどうかの議論は為されるべきでしょう。ただ、もっと軽い処分を下した場合、もしかしたら世間やマスコミから「若手には厳しいのにベテランには甘いのか」というJRAへの批判の声が挙がるのを恐れたのかもしれません。

 私個人としては、これは違反というよりも過失レベルであり、違反エリアへの持ち込みなどをしていないことを鑑みれば、2週間の騎乗停止でよかったのではないかと思います。

 そもそも、今回の件に限らず、JRAは問題が起きた時の説明が不十分であることが多い。競走における降着のセーフアウトの判定、スト問題、飼料への違反薬物混入事件、馬インフルエンザ問題などなど、それぞれうまく舵を取ってきたとは思いますが、どういう理由でその措置に至ったのかを詳細に公表することはあまりなく、その多くにおいて説明不足であり、却って要らぬ批判や憶測を呼ぶこともあったし、有識者からさらに良い案を提示される可能性もあるのに、メンツを重んじるのかどうもそれを避けているように思えるふしもありました。もちろん水面下ではそうした努力をしているのでしょうが、それを密室内でやっては意義が薄れてしまいます。

また別の視点からは、即日の騎乗停止が妥当だったのかという思いもあります。外部交信がなかったのなら、当週開催終了後でもよかったのではということ。前日から馬券は発売されており、当日もGⅠ含め、多くのレースに騎乗予定だった岩田康誠騎手は、その騎乗技術=得意の逃げ、またインコースを突く熟練した手綱に定評があり、そこを評価して馬券を買ったファンは少なからずいたはずです。ケガや病気はもちろん、一発アウトの悪質な違反を犯したなら仕方ないと諦めるしかないですが、それが無になってしまうことには割り切れない部分もあるでしょう。

 そしてもう1つ、日曜の競馬では看過できない事態が起きました。この日の午後後半のレースで、ルメール騎手、坂井騎手、そして岩田康誠騎手の子息である岩田望来騎手が、岩田康誠騎手の騎乗パンツを穿いて騎乗し、また勝利したルメール騎手は、岩田康誠騎手の形態模写のポーズをとってアピールしたのです。

 もちろん本人たちに確認したわけではありませんが、これが何らかの意志の表れであると考えるのは自然なことでしょう。普通ならこういう行為は、落馬事故など不幸に見舞われた場合に行うものだと私は思うのですが、騎手の間には今回の処分は岩田康誠騎手にとって災難のようなものであるという認識が広がっているのではないかと推測されても仕方ない。

 それが一連の厳格化への反感なのか、厳格化そのものではなくそれを決める過程への不信感なのか、あるいは私のように、単に今回の処分が重すぎることへの抗議なのかは分かりませんが、騎手会(武豊会長)は一度JRAと膝を突き合わせて、いろいろな事項を共有し納得する必要があるでしょう。そもそも、JRAと騎手が対立構造にあるのは良いことではありません。ファンからしてみたら、大事なお金を賭ける上で、公正競馬云々とは別の次元での不信感が募るだけです。JRAと騎手会は一体となるべきで、同じ方向を向いていなければなりません。

(注・JRAと騎手の間に雇用関係はなく、JRAは騎乗する免許を騎手に下ろしているだけです。ここは誤解している方が多いので改めて指摘しておきます。)

◆「やるべきこと」と「やるべきではないこと」

 騎手会とJRAとの折衝(その内容を公開すべきですが)で双方が意思統一することは当然として、今後どうなるのが望ましいのか。

 まずJRAは、世間からの声を恐れずに、同様の違反が出た場合に弾力性のあるルール適用をすべきでしょう。違反の程度に関係なくすべて厳罰では単なる魔女狩りのようになってしまいます。それはやるべきではない。あくまでケースバイケースとし、過去の事例にも囚われることなく、詳細な調査の上妥当な処分を下し、丁寧に根拠を説明する。

反面、厳格化したルールに対し、意図的に悪意をもって違反したと認められた事例が出た場合には、ためらわずに従来以上の厳罰を下す。言うのは簡単かもしれませんが、そうした運用をしていくしかないでしょう。

 そもそも論になりますが、月曜から金曜午後までは、騎手たちも束縛を受けずに自由に外部の人間と会い、通信も自由にできるわけですから、騎乗前日午後からの24時間なり48時間なりの拘束や監視だけで、反社会的勢力からの誘惑や接触を根絶できるわけではありません。それなのに厳格なルールを課すということは、これをもって公営ギャンブルが社会に存在できる理由の担保としているためだと思うのです。またこうしたルールを守っている人間なのだから、大事なお金を預けてもいいという信頼を作るためでもあるのです。騎手側にはこうした意義をぜひ確認していただきたい。勝負だけでなく生命を賭けた

過酷な立場で日々切磋琢磨されていることには敬意しかありませんが、ファンからはどういう目で見られているかということにも、時には思いを巡らせてほしいと思います。最も基本的なファンサービスとは、そういうことではないでしょうか。

(注・以上はあくまで12月16日正午現在までに明らかになっていることを基に記したものです。)

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