「ウマ娘」が開く競馬文化

 今年はJRA創設70周年というアニバーサリーイヤー。1954年、それまでの農林省畜産局から引き継ぐ形で日本中央競馬会が発足。9月16日が創設記念日だったため、今月はイベントや企画が目白押しです・・・。・


 
水上学 2024.09.20
誰でも

 その中にはもちろん「優駿回想」的なテーマもあり、多くの名馬に改めてスポットライトが当たっていますが、競馬界ではこれに数年先駆けて回顧ブームが起き、まさに「温故知新」的なアプローチ(ディアゴスティーニが日本の名馬名勝負シリーズの刊行を開始しましたね)により、新しいファン層が増えてきています。

 言うまでもなくゲーム、アニメの「ウマ娘」がその火付け役。競馬界にとって降って湧いたこの黒船来航により、今は新たな競馬文化を推進するフェイズに入りつつあるように思えます。

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なお、コメント欄を開放しておりますので、みなさまの声をぜひお聞かせ願えればと思います。テーマは文末に記しておりますので、今回も最後までお読みくださると幸いです。

◆「ウマ娘」の異質なベクトル

 ウマ娘はコミックとして登場してから8年、テレビアニメとなって6年、そしてゲームアプリ化されて3年が経過し、ブームもだいぶ落ち着いてきているので、今さらここで改めて指摘するのも気が引けますし、また2023年10月20日付けの日経新聞では「ウマ娘離れ」によるサイバーエージェントの業績低下についての記事も組まれているのですから、語ることが遅きに失した感はあるのですが、ただ現実として、そこを入り口に競馬に触れて来場するようになった人たちは、まだまだ増加していることをひしひしと感じるのもまた確かなのです。

競馬人気を拡大するには、当然のことながらこれまで競馬に興味の無かった人たちを引き込むことが必要で、これはどんなエンタメにおいても同じことです。その中で競馬は他のジャンルとは異なる特殊性があると思います。

1人のパフォーマーの現役寿命が数年から10数年あるスポーツやエンタメと違い、競馬の場合は平均すれば2,3年で「推し馬」が引退してしまうので、その時点で離れてしまうかもしれないというリスクはありますが、逆に言えば次々と新しい推しを見つけられるということで飽きないというメリットがあります。またその新しい推しがデビューし出世していくというストーリーは、育っていく過程を見守れるという点でまさに育成型コンテンツ。つまり、1頭の推し馬をリアルタイムで応援できる時間は短くても、一度引き込まれたらかなりの長期間、競馬と付き合うことになる可能性が高いわけです。

ここからは私の浅いウマ娘知識を基にした勝手な推測ですが・・・・。ウマ娘の場合は、ご存じのように過去の名馬の名前はそのままにアイドル的なビジュアルを与えて「人魚化」し、馬でありながら人、人でありながら馬という不可思議なキャラクターに落とし込みました。そしてその馬の実際のエピソードや戦績を当てはめてドラマ性を作り、また目標の大レースに勝つことを目指して互いに鎬を削っていく・・・というオーソドックスなスポ根的な要素も入れました。

さらに「萌え」要素を徹底するために、実際には牡馬であっても牝馬として描き(注)、かわいい二次元キャラで統一してそちらのマニアも引き込み、また多数のライバルを設定することで、ここ10数年のアイドルビジネスの定番モデルである量産型も踏襲しているわけです。

こうした指向性を持つファンたちの多くは、何かを研究する、突き詰める、共感する、見守るということを好みます。まさに競馬を楽しむ上で必要な要素。彼らが実際の競馬に興味を持つ一歩さえ踏み出してくれれば、虜になる確率は低くないわけです。

 注)なおこれもご存じの方が多いと思いますが、ウマ娘には過去の全ての名馬が使えるわけではなく、一部オーナーからは使用許諾が出ていません。二次利用コンテンツに使われることへの拒否感の他に、この点も許諾を出さない理由の1つと言われています。

◆ファン拡大の立役者たち

 もちろん、長年JRA本体が行ってきた広報活動が実っての競馬人気であることはいうまでもないのですが、それとは別に競馬界の内外から、いわゆる「仕掛け」以外で何度かブームが発生したことがあり、神風が吹いたというべき多大な貢献を果たしています。

 競馬界から出てきたスターがブームを巻き起こした例は、筆者がリアルタイムで体験したことに限れば3つあります。

まずはその最大のものだったと思うのが、およそ半世紀前、ハイセイコーによる国民的な熱狂。大井競馬でデビューし、圧勝に次ぐ圧勝を続けて中央入りしたのですが、勘違いしてはいけないのは、ハイセイコーブームは中央に入ってから発生したわけではなく、中央入り前にすでにストーリーが始まっていたということ。中央初見参となった弥生賞では、中山競馬場に押し寄せた観客が膨れ上がり、最前列に居た数名が押されて危険を感じたのか、逃げ場を求めてやむなく馬場内に飛び降りたという衝撃的なシーンを目にしました。当時の筆者は小学4年生、その2年前から毎週日曜の中継を見るのが楽しみになっていて、この光景は今でも思い出すことができます。後年よく分かったのは、地方競馬のスターが中央のエリートを蹴散らしにやってきたという単純な構図が、英雄を待つ時代、まだまだ「地方から都会に出てひと旗挙げる」という意識が強かった時代にマッチしたのかもしれません。

 ハイセイコーは皐月賞でとうとうクラシックを制覇、続くダービートライアルのNHK杯も勝って連勝を伸ばしたものの、ダービーでは3着に終わります。しかし敗れてもその人気は衰えず、その後はタケホープとのライバル関係がクローズアップされ、第2章がヒートアップすることになります。勝ったり負けたりの競走生活がストーリーに波を作ることになり、引退まで鎮静化することはありませんでした。

覚えているのは少年漫画誌の表紙をハイセイコーが飾ったこと、有名な話ですが小学生からの「東京都 ハイセイコー様」とだけ宛名に書かれたファンレターが、関係者に届いたというニュース。パートナーだった増沢末夫騎手はシングル曲「さらばハイセイコー」をリリースして大ヒット、オリコンチャートの4位まで昇っています。まさに世代を超えたスターでした。

 同じように地方競馬(笠松)で勝利を重ねたあと、中央へ移籍してきたのがオグリキャップ。こちらはハイセイコーとは違って、中央入り後に次々と強敵を撃破していきながら徐々に人気が上がってきました。その第一波がピークに達したのは今の年齢表記で4歳秋、当時でも常識破りだったGⅠ連闘(マイルCS1着→ジャパンC2着)を行った頃。マイルCSは信じられない大逆転劇、翌週のジャパンCも直線で抜け出したニュージーランドの女傑ホーリックスを追い詰めて、当時の世界レコードと同タイム走破というあり得ない強さを見せたのです。

そして第2波のピークは、翌年末ラストランの有馬記念。誰もが認めるほどの衰えからスランプに陥っていたものの、スーパースター武豊騎手を鞍上に、若い世代を封じて劇的な勝利を飾ったという、完璧なドラマを演じました。引退後もしばらく、その余韻を楽しむかのように人気が継続。少しくすんだ芦毛という毛色も愛らしく、筆者の記憶だけの話ですが、馬のぬいぐるみなるものが作られた第一号だったように思います。ちょうど昭和が終わり平成が始まるという時代の転換期にもマッチして、新しい英雄叙事詩を完結させた感がありました。

 3つ目として、スーパージョッキー武豊騎手の存在も挙げておくべきです。若き天才として約30年以上も日本競馬を牽引してきました。日本の騎手の技術向上に計り知れない貢献を果たしながら、今もなおトップジョッキーとして君臨し続けています。競馬には詳しくないが武豊は知っているという人が大半でしょう。

 競馬界の外からブームを作った例としては、いろいろな意見はあると思いますが、筆者はゲームソフト「ダービースタリオン」が革命的だったと思います。私より詳しい方が読者のみなさんにもたくさんおられるでしょうから改めて説明はしませんが(なにせ私は若い頃からゲームを一切やらない!)、GⅠを勝たせるためにまず生産配合を決め、生まれたら育成をし、デビューさせローテーションを組んでレースをさせるという現実を模倣した画期的なゲームソフトは、多くのゲーマーたちを魅了し、競馬の世界へ誘いました。

このソフトの凄いところは、これを機に競馬業界へ入ったという人が珍しくないことにあります。JRA職員や記者、予想家、牧場関係者からも話を聞いたことがあります。ダビスタがなければ、私は日本競馬の成熟度が数年以上は遅れていたのではないかとまで思っています。

 それ以外では、「みどりのマキバオー」「風のシルフィード」「じゃじゃ馬ぐるーみんアップ」「優駿の門」などの、競馬を題材としたコミックの秀作の数々。若い層の開拓に大きく寄与したことは間違いありません。そのコミックの流れから出て、今のメイン・サブ双方のカルチャーが融合したのが「ウマ娘」なのでしょう。

さらにウマ娘からは、全く異質のベクトルも表れました。馬で得た利益は馬に返すというわけでもないでしょうが、ウマ娘をゲームとして開発し、爆発的な成功を収めたサイバーエージェントの藤田晋社長は、ご存じのようにサラブレッドを高額で多数購入し、現実の競馬にスターホースを輩出し始めており、まもなく行われる欧州最高峰のレース・凱旋門賞に、愛馬シンエンペラーを送り込みます。ヴァーチャルから現実へというこの直接的な競馬界への貢献は、これまでのブームには見られなかったものでした。

◆ウマ娘ブーム後へのささやかな期待

 冒頭に書いたように人気が落ち着いてきたウマ娘ではありますが、競馬学校のある千葉県白井市と北総電鉄がウマ娘とコラボし、駅の装飾にフィーチュアし、記念乗車券を販売するというニュースが9月19日に発表されました(実施は10月17日から)。こうした事例を見ると、まだまだ影響力は持ち続けていきそうです。

 このブームがもたらしたファン層拡大の副産物として、筆者が少し期待していることがあります。それは「競馬文化本」の復興。オグリキャップブームの頃は、覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、競馬の予想や馬券に直結しない競馬本が次々と出版されました。名馬ストーリーや名勝負物語、競馬業界の実態と裏話、血統評論などなど。「別冊宝島」シリーズがその筆頭でしたが、他にも多くの刊行物が書店を賑わせたものです。

 もちろん、今は紙媒体のシェア自体が下がって出版形態が激変、また流通形態も変化して当時と同じような競馬本の復活とはいかないでしょうが、Web上であっても、読者のニーズがレース予想に特化しすぎず、広い視野を持って競馬に親しめるような文化の再来を望んでいます。長い間、競馬出版業界は「馬券本、予想本でないと売れない」という呪縛に陥り、現にそういう状況でありました。ただ、ウマ娘を契機に競馬のアーカイブへの意識が高まれば、文化的記事への需要も高まるはずだし、そちらの側面から競馬に入っていく人たちこそが、近未来の競馬業界を支える層になっていくであろうことを、私は経験から確信しています。

 最後に1つ。私が調べたところ「みんなのデータランキング」による最新のウマ娘人気ナンバーワンキャラは、トウカイテイオーでした。

 ウマ娘に登場している馬でなくても構わないので、皆さんそれぞれの競馬ヒストリーの中で、最も好きだった馬、推していた馬がいたら、よろしければひとこと理由も添えて、コメント欄で教えてくださると嬉しいです。ちなみに私は・・・・1976年の皐月賞、有馬記念、77年の宝塚記念を制したトウショウボーイです(とにかくすべてが美しい馬でした。天才肌!)。お互いに読み合って楽しみましょう(笑)!

 それから当メルマガで、今後私に扱ってほしいテーマなどがございましたら、どこまでご期待に沿えるかは分かりませんが、参考にさせていただいたいと思います。今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。SNS等でのシェアもお待ちしております。

◆最後に宣伝で恐縮です。

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